マツダ・ファミリアのバックグラウンド

ダットサン・クーペ(1595㏄、翌年ニッサン・シルビアの名で市販開始)、いすゞベレット・1500クーペ、ベレット・1600GT、トヨタパブリカ・コンバーチブル(697㏄)、ホンダスポーツ600・・・


それに前年発売のダットサン・フェアレディー500など、これらは間近に迫る大衆モータリゼーションの到来と、それにともなうオーナーの個性化志向に備えるものでした。


富士山の秀麗な山容は今も昔も変わりませんが・・・


人が住み、人と人とが織りなす下界のさまは、日に月に変貌してとどまるところがありません。


移りゆく世の姿を変化と見るか、進化と呼ぶかは人によって意見もあるでしょう。


それはそれとして、動いてやまない歴史のなかで捉えた昭和39年の日本の諸相が、ようやく出番を迎えたマツダ・ファミリアのバックグラウンドです。


このときにはまだ中古車情報も少ないものでした。


昭和50年に日産の九州工場(福岡県刈田町)が建設されるまで、広島の東洋工業は日本の最南に位置する自動車工場でした。


首都圏に最も遠い自動車工場でありながら、業界内では最もニュースの焦点に登場するめぐり合わせを持つ工場であったとも言えます。

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